亡き妻と共に「前へ」活きて生きる 第二章

私が教える関東学院大学公開講座「物語をつくろう!では、受講者自身の体験や思い・興味を活かして物語をつくります。個性溢れる素敵な作品の数々をご紹介します。

Sさんの自筆

亡き妻と共に「前へ」活きて生きる

70代のT.Sさんは、奥様との絆とご自身の生き方(実話)を物語にしました。最愛の奥様との別れと悲しみ、そこから立ち上がり、奥様の分まで前を向いて生きるSさんの生き様は、感動の一言です。夫婦ってこんなにも深く尊重し愛し合いながら生きられるんですね。
大作なので3つに分けてお届けします。

目 次

第一章 妻の旅立ち
1、宣告と葛藤
2、過酷な闘病
3、自宅をホスピスに
4、妻の遺言
5、止まらぬ涙

第二章 亡き妻との語らい
1、前へ
2、食の自立
3、慈しみの心を繋ぐ
4、憩いのお墓

第三章 活きて・生きる
1、大学院への挑戦
2、生きがいとは
3、妻の遺志を繋ぐ
4、生きがいの創出
  ”農あるくらしの輪”

≪あとがき≫


第二章 亡き妻との語らい

1 前へ

娘や息子夫婦らが、陰に陽に私を支えてくれたお蔭もあって、何とか49日の法要を済ませた。
そして、それを機に仏壇を設え、ご本尊と妻の本位牌を祀り、仏になった妻に改めてお線香を手向け、語り掛けることがそれからの日課となった。

朝起きての「お早う」から、寝る前の「お休み」の中で、一日の出来事や行動したこと、その中で気づいた事、思ったこと、反省したこと、良かったこと、そして、その反省をどう次に活かして、どんな行動に繋げていくかを考え考えしながら語り掛けるようになった。そんな毎日の私の語り掛けに、妻は笑って応じてくれているような気もしてきた。

そして  
「お父さん前を向いて!」
「お父さんらしく何かチャレンジした方がいいよ」
とも言ってくれているような気もしてきたのである。
私は、
「チャレンジすれば、そこから新しいものが生まれてくる。それこそが私らしく、それを全うすることが妻の遺志を継ぐものではないのか?」 
そう思い立ったのが大学院への挑戦であった。
無謀とも言える私の挑戦を息子夫婦や娘に伝えると、
「いいじゃないか」
「応援するよ」  
「それでこそ私たちのお父さんの姿だよ」 
と間髪入れずに言ってくれた。

余程、私の姿を見かねていたのであろう。嬉しかった。
とは言ったものの、
「果たして合格できるものなのかどうか?
でも、例え合格できなかったとしても、今の私には挑戦することの意義があるのでは?」
そう思った。そして、
「運よく合格できたとしたら、体力面や精神面での耐性をつけなければ、若い人たちについていくことは不可能だ…。じゃどうすればいいか?」

それには「まず食べること」ではないのか、
そして、ただ食べることだけならば、今の世の中、カネさえあればどうにでもなる。だけど、それは誰にでもできること、
「そんなことは自立ではない」そう思った私は、毎日、毎食を自分で賄うためのメニュー設定から、具材の調達、買い出し、減塩や栄養管理、体力の維持などなどを考え考え行動するようにもなってきた。

すなわち、活きて生きるための食の自立でもあったのである。

2 食の自立

(1) ごはん

「お父さん、毎日炊き立てのご飯を供えてくれてありがとう。美味しくいただいていますよ。正直、始めのうちは硬かったり柔らかかったりで、ちょっと他人には出せないと思っていたのだけれど、最近はそういうことも無くなってきたようだね。」
と、私にその感想を伝えてきた。
私は、
「毎日炊くには、余さないように炊くことなのだけれど、それだと一合炊きがベスト。ところが市販の炊飯器は二合炊きなので、水との割合に苦労しています。その上、洗米・米研ぎの回数や洗米後の漬け込み、炊飯時間、炊き終わった後の蒸らしやほぐしなどが微妙に光り方、ふっくら感、味などを左右していることが分かってきてね、そんな工夫をした結果だとは思うよ。それにしても『これが上手く炊くコツですよ』なんて情報はあまり当てにならないことを知ったよ。」
「相変わらずお父さんはそういうことに拘る人なんだよねー。そういうところ少し鬱陶しいと思ったこともあったけどね…」
「そう言うなよ。お母さんだって同じようなものだったじゃないかよ。色んなところに拘りを持っていてさ…」
「まあ、そうだね、似たもの夫婦ってとこなのでしょうかね…」
そんな妻の言葉に、妙な納得感と喜びを抱く私であった。

(2) 自家製トマト

自家製トマト

「ところで、この間食べたトマトだけど、かなり美味しかったですよ。お父さんが育てたものでしょう?」
「そうだよ、今回は3種類のミニトマトを栽培したのだけど、今日お母さんに食べて貰ったのは“超甘のフルーツトマト”だよ。それにこのトマトは普通の苗に比べて3倍の値段だったのだけれど思い切って取り入れて良かったよ。畑仲間も“来年はこの品種を作ろう”なんて言っていたよ。」
「トマトは野菜なのか果物なのか?なんて論議もあるようだけれども、学術的には野菜なのだけども、少なくとも今回のトマトの食感と甘みはまさに果物そのものだと思っているよ。」
「何、その学術的って(笑)、相変わらず大げさなんだから。ま、何はともあれ、私がミニトマトが好物だったことを考えてのこと、嬉しいです。ありがとう、お父さん!」
「明日供えるトマトは、お母さんが好きだった“アイコ”を供えるつもりでいるよ。今日のトマトに比べればかなり酸っぱい感じがするけどね。」


(3) こだわりのジャガ餅

こだわりのジャガ餅

「お父さん、明日は “ジャガ餅“を加えてくれないですか。お父さんのジャガ餅は絶品だと思っているので、是非…」
「嬉しいことを言ってくれるね、それじゃ頑張ってみるよ。そう言えばしばらく作っていなかったものなあ。」
「いつだったか、栃木の実家へ行ったとき、お父さんの料理したジャガ餅を、病んで伏していたお義母さんも“美味しい 美味しい”って喜んで食べていたものね。あの時のお義母さんの嬉しそうな顔は今でも思い出します。それにしても、ジャガイモを摺りつぶして焼くだけで、どうしてあれだけのものが出来るのかと思っていたけど、道理を聞くと案外簡単だったんですね。」
「簡単だなんて言わないでよ、レシピ本には無い私自身の工夫がされているのだから。」
「工夫なんてあったの?」
「あったよ。まずはジャガイモの種類だけど、中でも“男爵・きたあかり・メイクイーン”はジャガイモの三大品種、ほかに、インカのめざめ・とよしろ、とかがあるけど、澱粉の量の多さやほかほか感で考えると、ジャガ餅料理に最も合っているのは男爵であることを突き止めたんだよ。キタアカリも良い感じだけど収量が落ちるし、メイクイーンは煮くずれし難いので煮物には適しているけど、焼いて餅状になりにくい面があるのでね、収量が極端に落ちるし、小ぶりなものが多いのでジャガ餅には適していないんだよ。」
「ふーん、そうだったんだ。」
と変なところで感心している妻が続けて聞いてきた。
「ところでお父さん、ジャガイモを摺りつぶして少し放置しておくと赤く変色をしてしまう心配があるし、見た目も悪くなると思うのだけれど、何か工夫をしているの?」
「いい質問だよ。赤くなるのは、ジャガイモを摺りつぶすことで酵素(チロシナーゼ)と空気中の酸素によって酸化することが原因なのだけど、そうならないうちに手早くやることでその欠点を補うこともできるけれど、私は食用酢を使ってそれを防いでいるんだよ。酢の味がつくけど、それが醤油とうまくマッチをするし、海苔を巻くことで、見た目も味わいも、餅そのものの磯部焼きの出来上がりとなる。なにせ、このジャガ餅は私が20年前に開発したオリジナル中のオリジナル料理だからね。それに何といっても、自分で収穫したジャガイモなんだから格別だと思うよ。」
「そうだね、ジャガイモを育てるにはかなり苦労した経験があるけど、そう言うことも併せて考えると、貴重だし感謝ですね。」
「そうなんだよな、ほんとに苦労したよな。ある時なんか、収穫時期が遅くなって、大雨にあって、折角大きく育っていたものを腐らせてしまったり、連作被害の事を考えずに植え付けたために、かなり小粒なものしか収穫できなかったりなどなどがあって、そう言う点では本当に苦労したね」
「ほんと、あの時は嫌になってしまったね。ところで、お父さんが自慢するだけあって、お父さんの作るジャガ餅は美味しいと思うけど、放っておくと固くなってしまうのは玉に瑕だよね。」
私の自慢の鼻を折るような妻、そう言いながら笑顔の妻、私も笑って無言で応えていた。

3 慈しみの心を繋ぐ

生前の妻は多くの草花を愛でていた。
小さいながらもそれらを彩る庭園も妻のデザインで設営されており、妻のお好みで植栽されたものばかりであった。それらは我が家の周りを潤いのあるものにしてくれていたし、華やかな気持ちにもしてくれていた。
しかし、悲しいかな、妻が逝ってしまったあとの管理がずさんとなって、それらの草花は枯れてしまったり、やせ細ってその態を成さなくなったものや花を咲かせなくなってしまったものもある。
正直、自分を守るだけで精一杯だったこの間の私は、心では妻にすまないと思いつつも、これらの状態を見て見ぬ振りをして過ごしてきた。
何とかしなければならない。
それが妻の遺志を形で表すことの出来るものであろうとも思うし、妻の慈しみの心を繋ぐ証になるものであることを知ったのである。
ただ、そうは言ってもそれは、妻の慈しんできた領域にまで到達するのは容易なことではない。しかし、容易ではないことであっても、それを成し遂げていくことが私の妻への想いを表現できることなのかも知れないと思うのである。

(1) 君子蘭

君子蘭

「お父さん、私が大事にしていた君子蘭は上手く管理されていますか?君子蘭は葉焼けをしない程度の明るいところでよく育ちます。」
「実はね、かなりダメにしてしまったんだよ。葉焼けも起こしてしまったし、お母さんが育てていた時のような花を咲かすことが出来なかったり、全く咲かないものも数鉢出てしまいました。来年こそはと思っています。」
「そうならないためには、2,3年に1回を目安にして4〜5月に一回り大きな鉢に植え替えをしてください。植え替えしないと、根が詰まって花つきが悪くなってしまいます。」
「そうか、それをやってなかったからだね、きっと…」
「私がこちらの世界へ来る1年前に、友人たちに株分けして譲ってあげた君子蘭はどうなっているだろうね?」 
と、私を試すような質問をしてきた。
「この間、そのことを聞いたら、順調に育っているって言ってました。」
「それならなおさら頑張ってね。家にある君子蘭が親株なんですから…」
「……」 
その通りだと強く思うのだが、言葉が繋がらない私であった。


(2) 紫陽花

紫陽花

「玄関先で我が家のシンボルだったカシワバアジサイはどうですか? 樽を鉢にしているので水やりが最も大事ですが、大丈夫ですか?」
「実は、その水やりを怠ってしまって、枯れる寸前にまでなってしまいました。息子に言われて、気づいて手入れをしたことで、それなりに回復はしたのだけれど、やっぱりかなり瘦せてしまいました。樽の鉢もかなり傷んでしまったので、折を見て土の入れ替え方々修理することにしたいと思っています。」
「そんなことお父さんにできるの?」
「侮ってもらっては困るよ。これでも成長したんだから…」
とは言ったものの、かなりの大仕事になってしまいそうであり、どうも自信が無い私であった。


(3) クリスマスローズ

クリスマスローズ

「クリスマスローズはどうですか?」
「お母さんが面倒見ていた時と違う色の花が咲いているようなのだけど…」
「お父さん、良く分かりましたね。クリスマスローズは君子蘭のように株分けで増やすことが出来ないので種で増やすんだけれど、花の色がなかなか安定しないんですよ。」
「知らなかったよ。それでなのか、見たことのない花が咲いているなんて感じたのは…」
「同じ花が咲かないから交配する楽しみがありました。それにね、お父さん、クリスマスローズって切り花で楽しむことが出来るんですよ。湯上げっていうクリスマスローズならではの切り花の楽しみ方があるんです。」
「一度、切り花をしてお母さんの仏壇に花瓶に挿して飾ったんだけど、下を向いているので上手く花が正面を向かなくて苦労した覚えがあるのだけれど、そうすることでそれも解消されるのかな?」
「それは分からないけれど、一度やってみて下さい。楽しみにしていますよ。」


(4) 枝垂れ梅

枝垂れ梅

「お父さん、毎年悩まされていた枝垂れ梅のアブラムシの駆除は大丈夫ですか? 毎年私に言われないと手を付けないお父さんだったので、心配です。それにアブラムシはかなり樹液を発散させるので、お隣りへの迷惑はかなりのものですよ、特に気を付けて下さい。」
「実は、気づいた時には既に遅しで大量に発生させてしまいました。駆除には大変な苦労をしてしまい、お隣にはかなりな迷惑をかけてしまいました。来年こそは…と思っています。」
「来年こそはと言う話はこれまで何回か聞いたよね。どうか、自分のところだけで済むものではないので、迷惑をかけないようにして下さい。我が家の象徴的なものでもあるしね…」
「……(分かったよ!努力するよ)」

4 憩いのお墓

(1) お墓への想い

「ところでお父さん、私の入ったお墓のことだけど、私の希望通り近くに建ててくれてありがとう。本来なら、お義母さん、お義父さんの眠る群馬のお墓に入るのが私の務めなのかも知れないのだけれど、それでは会いに来てもらうのが気の毒だと思っていました。」

富士山を望む

「うん、私にとっても歩いて行けるし、四季折々に花が咲き乱れ、富士山も望めるところで、私自身の希望でもあったのだから、気にすることはないよ。」
「そうですね。富士山は結婚前も結婚後も何度となく訪れたところだし、楽しい思い出がいっぱい浮かんできます。毎年、二人の連名で出す年賀状にも富士山を配したものが多かったですね。そんなことから、二人の共通のシンボルが富士山でもあると思っていました。それより何より、もっと嬉しいのは、お父さんと二人で建てた私たちの家が見渡せるような場所だし、私には言うことなしですよ。」
そんな妻の言葉を複雑な思いで聞いていた私に、妻は重ねて聞いてきた。

墓参

「ところでお父さん、あの墓標に刻んである薔薇の花とその薔薇に囲まれるように“前へ”と刻んであるデザインは誰のアイディアなの?」
「息子夫婦と娘夫婦、そしてお母さんが愛しみ尽くしていた孫娘たちのみんなで考えた結果だよ。薔薇はお母さんが大好きだった花だし、“前へ”の文字は、お母さんが遺してくれた“過ぎたことは思い悩まずに、前を向いて歩んでほしい”と言う言葉を意味したものなのです。祥月命日での墓参は勿論、何かあると墓参して線香を手向けているのだけど、そのたびに励まされているので、お礼を言うのはむしろ私の方だと思っています。私がお母さんの処へ行った後も、息子が菩提を守ってくれると言ってもくれています。」
「有難う、お父さん。私の我儘を聞いてくれて…」
「そんな…、我儘だなんて少しも思っていないよ。そうそう、それからねお母さん、お母さんが気にしていた実家の菩提なんだけれど、私がそこの墓守になっていることは知っていると思うけれど、この役割は私の代で終わりにしようと思っています。息子にはこの役割を引き継がせないようにしたいと思っているのです。」
「栃木の実家を継ぐ人が居なくなって、その霊を祭るためにお義姉さんの婚家に祀ってくれていることには本当に有難いことだと思っていましたし、お父さんはお父さんで、末っ子なのに率先してその墓守の役割を担っていることに感心していました。お義母さんが、その遺言の中で“兄姉弟仲良く”と言っていたことを守っているんだなと感心していましたし、尊敬もしていました。でも、そういった役割をお父さんが担えなくなった後の墓守はどうするのですか?」
「この間、そういうことも踏まえて永代供養(合祀)について住職に相談をしてみました。住職は“合祀場所を確保して、そのような要望に応えていきたい”と約束してくれました。ただ、合祀するときには現在のお墓は墓終いをすることになり費用が掛かりますが、そのために墓守基金として積み立てておいてそれを当てるようにしようと思っています。この考え方は息子に伝えてあるのだけど、息子は快く引き受けてくれました。ただ、お墓はそういう対応になるけれど、母や父のお位牌の管理については姉に委ねているので、最終的には姉の結論を待つようになります。」
「それなら安心しました。お姉さんには感謝することばかりですね。それにしても何から何まで…、有難う、お父さん…」

(2) 位牌と墓誌名への刻印

「それから、お父さん! 聞こうかどうか迷っていたけど、聞いていいですか?」
「えっ、どんなこと?」
私は、妻の言う聞き難いことって何だろうと思った。
いぶかしい思いを抱きながら
「えっ!どんなこと?」
と聞き直しつつ、次の言葉を促した。
「私はこちらの世界に来たのだけれど、こちらの世界での名前が無いのはどうしてですか? 位牌にも墓誌にも、お父さんと一緒に暮らしていた時の名前のままなんだけれど…」
「戒名のことだね?」
「そうです。」
「実は、お線香を上げに来てくれる人からも質問を受けることもあったのだけれど、女々しいって言われてしまいそうな気がしていたので答えずじまいでいました。確かに、そちらの世界に行くときには戒名をつけるのは常識だとは思うし、それなりの形式を重んじる人から見れば可笑しいと思うかも知れないし、訳知りの人から見れば”それでは成仏できないのでは?”と思うかもしれないが、それはそれでその人たちの価値観なので否定はしませんが、私にしてみれば、戒名をつけることによって、お母さんが全く違う世界に行ってしまうような気がしたのです。少なくとも私がこの世にいる限りは、私の心の中でお母さんは生き続けていて欲しい! そんな思いからそうしたことなのです。それに、何よりもお母さんは戒めを受けるようなことは無かったしね…。と言うことで、私がそちらへ行ったときは、お母さんと連名の位牌を作って貰おうとも思っています。迷惑じゃないよね?」
「お父さん!有り難う。位牌への連名刻印については大歓迎だけども、まだまだこっちへ来てはいけませんよ! 私の分まで、活きて生きてくれなくちゃ嫌ですよ。そして、頑張り過ぎず、頑張って下さいね。約束ですよ!」
強い口調でそう言う妻に、また諭された私。精一杯の思いを込めて、
「分かりました。そのように精進します。」
と約束をした。

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